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トップページ2007年 風林火山の記憶紀行

2月11日〜12日 甲斐の旅

【2月11日】
10:30新宿駅発「特急あずさ」にて出発
11:59石和温泉駅着・荷物預け&昼食
午後恵林寺〜雲峰寺〜塩山駅(タクシー利用)→JRにて石和温泉駅へ
16:30チェックイン・慶山泊
【2月12日】
10:17JRにて小淵沢駅へ
11:05小淵沢駅着・風林火山館へ(タクシー利用)
12:05風林火山館→小淵沢駅(無料バス利用)→JRにて甲府駅へ(車内で昼食)
午後武田神社
17:04甲府駅発「特急あずさ」にて帰路


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 2月11日〜12日、甲斐路を旅してきました。もちろん目的は勘助サマに浸るため!!2日間、自分でも呆れるほどの妄想三昧……こんな愚行に付き合ってくれた友人(←“一般人”です^^;)には感謝です。

〔1日目〕
 新宿から特急あずさで出発。甲斐の山々が見えてくると血が騒ぎ始め……勘助サマ(注!私の頭の中はホントの勘助じゃなくて内野勘助です)来たわよ〜〜♥♥♥ とテンション上昇。その夜は石和温泉に宿泊だったので、宿に荷物を置いてから駅前よりタクシーで恵林寺に向かいました。タクシーの運転手さん、70歳で地元情報満載な方。しかもしかも!!話されるのは甲斐言葉。「ほうけ〜」「〜するだに」……きゃ〜〜ミツが使ってたのと一緒じゃないですかぁぁ〜〜しかもホンモノ!!こんなにお国言葉に興奮したのは初めて。←救いようのないアホ^^;

 恵林寺、ここで改めて説明するまでもありませんがとりあえず!武田信玄の菩提寺で、県文化財の「三門」には、快川和尚の「安禅不必須山水 滅却心頭火自涼(あんぜんかならずしもさんすいをもちいず しんとうめっきゃくすればひもおのずからすずし)」という有名な言葉が書かれています。煩悩の塊の私には耳の痛〜〜い言葉か?!この門、友人は絶賛してました。細やかさと強さが同居した造り、今まで見てきた中でも5本の指に入るって……やっぱり違うなぁ〜と日本史ダメダメな私は尊敬の眼差しでございました。

 最初に本堂を見学。靴を脱ぐところで「我に力を」「生きた愛した」の勘助サマが出迎えてくれました。私は、しばし立ち尽くして萌え〜〜♥♥♥ と、そこにメール着信が。。。それまで外にいたのでマナーにしてなかったもので……入り口で鳴り響く風林火山のテーマ曲^^; この日は座禅修行だか法要だかあったようで、入れない部屋もありましたが、見るべきものはちゃんと見ることができました。うぐいすの廊下(歩くと木が浮いて音が鳴る)を通っていった先に「武田不動尊」が安置されていました。信玄が対面で模刻させたという等身大の不動明王です。「風林火山」を見てる人にはお馴染み!晴信が出てくるシーンでよく出てくるアレです。感動しちゃいましたよ〜〜ホンモノを目の前にして第1話から自動的に脳内再生……この不動明王の前で悩み考える晴信の姿が思い浮かび、そんな晴信と勘助サマの出会いを思い。。。史実云々ではなく、完全にドラマの世界に旅立っていました。更に、建物を出て裏手にいったところに信玄のお墓がありました。その後ろには川中島以降亡くなった家臣たちのお墓も……(旅行の直前に見た「その時歴史が動いた」知識^^;)な〜〜んか、考えてしまいました。行ったことはないのですが、川中島にある勘助墓のことを……勘助サマの生涯を思って、ちょっぴり切なくなってしまいました。

 お次に宝物館。拝観料を払う窓口&入り口には3、4枚のポスターがこれでもか!というほど貼ってありました。もう、勘助サマに囲まれて幸せいっぱいって感じ♥ 多分、私の目はトロロ〜〜ンとしてたと思います^^; 館内1階は武田二十四将の掛け軸、信玄が使ったという軍配等々が展示。中央には「風林火山旗」と「諏訪大明神の旗」がありました。ホンモノですよ〜〜あの有名な旗たち!!この旗の前にしばらく物思い、ん?妄想にふけっていました。戦場にはためく二つの旗。勘助サマはどんな思いでこれを見てたのかなぁ〜〜なんて……更には、そこに至るまでの勘助サマの歩んできた道(大河のはオリジナルストーリーなのに…笑)を思うと感慨深くなってしまい、心が熱くなってしまいました。あと、大河ドラマ絡みの展示もあって、山本勘助を描いた版画等々が展示されていました。一番多かったのは川中島の最期の姿。見ているうちに胸が痛くなってしまい……遥か彼方の最終回に思いを馳せて「勘助サマ〜〜散っていくなんて嫌だ〜〜」と勝手に悲しむ私。悲しみの中(爆!)2階に行くと、お雛様の展示(そんな季節でした)&柳沢吉保関連の展示がありました。颯爽と通り過ぎる私。。。だって〜〜分かんないんだもん!興味ないし〜〜1階の方は日頃の勉強の成果なのか、分かるものがいっぱいあって、「日本の昔のものを見て、こんなに理解できるのは初めて」と嬉しかったのですが。友人、思いっきり見抜いてました(笑)「ほとんど見てないでしょ〜」と言ってました。

 恵林寺の後は雲峰寺へ。そこで見るべきは「孫子の旗(風林火山旗)」「諏訪神号旗(諏訪大明神の旗)」「馬標旗」、それと日本最古の日章旗。天目山の合戦で敗れ落ち延びた武田家の家臣によって奉納されたものとされています。恵林寺にも孫子の旗や諏訪大明神の旗をがありましたが、こちらの方が種類・数が多かったです。縁に梵字が書かれている諏訪大明神の旗はここにあるものだけなんだそうです。私はまたまた妄想炸裂!!武田家が滅びた(完全に滅亡したわけではないのですが)時に遺されたものかぁ〜〜勘助サマ(またかいっ!とは言わないでくださいね^^;)は川中島で壮絶な最期を遂げるのですが、武田家の未来を信じてたんだと思うわけで……そんな思い(←勝手な想像)を考えると切なくなり、しかも、この旗たちが戦場にはためいていた時、どんなことを考えてたんだろうなぁ〜なんて想像すると……もう少しで泣いてしまうところでした。

 このお寺の場所は大菩薩峠の麓にあり、駅からもかなり離れているので人があまり来ないのでしょうか?!宝物殿に入る時はインターホンを鳴らすことになっていました。ボタンを押したら住職さん登場!かなり若い感じだったのですが、これがお喋り好きな方で……(運転手さん曰く、人が来ないから来ると嬉しくなるとか^^;)「ここは大河の武田信玄(中井貴一出演のヤツ)の時にロケに使ったんだよ〜」「うちは1200年の歴史があるから恵林寺より古いの」とか、マシンガントーク状態。更には、生きた愛したのポスター(ここにも当然あり!)を指しながら「脚本家もこの前ここに来てね…」って……私は思わず「大森さんですよね?」と言ってしまいました。「何で知ってるの〜?」なんて言ってましたけど、愚問ですよね〜〜私にとっては。

 雲峰寺の後は駅へ。途中、樋口一葉のお墓を窓越しに見学しました。思わぬプラスアルファでした!塩山駅でタクシーを下車、電車に乗ってその日の宿の石和温泉へ。初日から妄想のネタがいっぱいでアホ全開です。

〔お宿にて〕
 宿泊したのは石和温泉の華やぎの章・慶山という旅館。かなり大きい旅館でした。最近完成したという新館ではなくて昔からある方の建物だったので、正直なところ、古さは否めなかったのですが、それなりに整っていたので及第点。それに、フロント横の壁には「生きた愛した」の勘助サマ……その前を通るたびに(*^_^*)な視線を送っていました(笑) 宿内で着る浴衣、5種類から選べたのも嬉しかったです。私はピンクをチョイス(写真)しました。夕食は食事処でいただいたのですが、個室になっていたので落ち着けました。ほうとうや甲州牛を堪能。とっても美味しかったです。温泉はカルシウム泉でお湯につかるとヌルヌルして……でも、上がるとお肌が☆☆☆スベスベ☆☆☆日頃はゆっくり浸かることがないので、まったりボヘ〜〜と脱力。。。翌日も朝風呂に入って和食バイキングを堪能しました。←旅行には欠かせない楽しみ。異常に燃えました!

〔2日目〕
 この旅行のメインイベント(私だけの!!)、風林火山館の見学です。小淵沢駅(写真)経由で目的地へ。八ヶ岳の麓の北杜市にあって、甲府に比べると風が強くて寒かったです。でも、心はメラメラと愛の炎♥♥♥ 内野さんもここに来たんだ〜〜(私の中では内野さん⇔勘助サマが自由自在に?勝手に?切り替わる)と思うとますますテンション↑↑↑ 火山館の入り口に向かう車窓には牧草地帯が広がっていて……冬だったので一面茶色でしたが、夏には青々としていていたのでしょう。きっと撮影が行われたのね、と思って、ますます興奮してしまいました。

 入り口で観覧料を払って(「生きた愛した」の勘助サマがお出迎え!写真付きで役者紹介が書かれたファイルもあり)入場。脇には土産物店が連なっていました。ここの通り、大手門から武田軍団が戦場に向かうのに隊列を成して出陣するシーンで使われていた場所です。勘助サマは仕官前なので、火山館での撮影シーンはこの時点では放送されていませんでした。なので、館内で柱にすがりつくとか、萌え〜することはなく、冷静に、ん??結構冷めた目で見学しましたが、映像で見たものの実物を見るのは楽しかったです。大手門では記念撮影!案内のおじさんが友人とのツーショットを写してくれました。門を入った真正面が主殿。武田軍団が勢ぞろいして記念撮影した例の場所です。ここに内野さんがいらっしゃったのね〜〜と思うだけで幸せいっぱいの私。早く武田家に仕官して屋敷内を歩いていただきたいです。左手にある扉の方に入ると、何と何と!!そこは第2話で幼少期の晴信と弟が剣術の対戦をした場所ではないですか!!一瞬にして脳内再生スタート!しかも自分が立っている場所の場面ではなくて、交互に映し出されていた内野勘助が竹やぶで兄者ら福島勢に襲われる場面の方が流れてきて……この時点で既に第5話まで見ていて二人の結末が分かっていたので切なくなってしまって……暫しその場に立って物思いにふけってしまいました。大手門を出てお堀を渡ったすぐ前の長屋には、撮影の様子を写したパネルや勘助の衣装、魔利支天(複製)、出演者のサイン等が展示されていました。衣装は超綺麗な状態だったのですが(複製なので当たり前ですが^^;)本物に脳内変換できちゃうところが素晴らしいというか、末期的症状というか……自分がミツになって勘助サマの前に立っているようでドキドキしてしまいました。サインを間近で見れば、それはそれで内野さんのことを考えてらりほ〜♥♥♥ しちゃうし←大バカ!

 風林火山館の後は甲府に戻って武田神社へ。駅から30分、緩やかな上り坂を歩きました。途中、飯富虎昌の屋敷跡の横(現在は山梨大学)を通りました。帰りは電車の時間もあってバスに乗ったのですが、晴れて暖かかったので汗びっしょりになってしまいました。2月だというのに……暖冬です。。。

 武田神社の入り口、実は期待してた?!のですが、やはりありました。内野さんが撮影前に祈願にいらっしゃった時の写真!!確か8月でした……メタマクの名残?金髪の懐かしいお姿だったのですが、何度見ても素敵〜〜♥♥♥ そして、“賢明な”友人により写真から引き離されて社殿の方へ。まずは参拝です。私は、自分のことは置いといて(健気〜〜!褒めて褒めて〜〜!!)内野さんの健康&撮影がうまくいきますよ〜にってお願いしました。参拝後は右手奥にある宝物殿へ。入り口になぜかキティの銅像(写真)地元石材店の寄贈だそうです。

 宝物殿内は、信玄が愛用したという扇や武田二十四将の掛け軸、大井夫人の懐剣等が展示されていました。最初に戦国時代の年表があったのですが、恥をしのんで友人に「あのさぁ〜武田軍が長篠の合戦で敗れたのは分かるんだけど、誰と戦ったんだっけ?」と質問。友人、私の日本史力を“本当に”理解したみたいでした。ついでにもう一つバカを……躑躅ヶ崎館の模型があったのですが、ここで密かに愚行を……入り口のところには、内野さんが参拝の際に宝物殿を見学された時の写真があって、この模型を熱心に見られている姿が……私はガラスケースに手を置いて意味不明にペタペタしてしまいました←最大のアホ!ここにも孫子の旗&諏訪大明神の旗がありました。ちょうど地元のお偉いさん(?)らしき人たちを宮司さんが案内してたので、便乗して話を聞いていたのですが、何だか歴史論争に発展しそうな内容。。。NHKの○○は嘘だとか、他の寺にある旗はほにゃらら〜とか……危ういと思うのです、神社仏閣の歴史観と史実が絡むと……私としては、あくまでドラマの世界を楽しんで、それをきっかけに多少勉強しつつ、妄想できればOKなのです。ちなみに……ここにあった孫子の旗は前日に雲峰寺で見た旗とは字体が違っていて面白かったです。帰りに、孫子の旗のミニチュアをお買い上げ。私の部屋に飾られてます。

 駅までの道のりはバス。そして、予定のあずさで帰路につきました。温泉に入っての癒し旅行になったかどうかは??です。むしろ、妄想疲れしてしまったように思いますが、とても充実した2日間でした。

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